清く正しくどーでもよく。
ふわぁ、と部屋に轟いたのは、柔らかくて微かな空気の振動です。私のあくびなんですけどね。
「うん、とっても気持ちのいい陽気」
寧ろ麻薬的な心地よさ。
うららかな午後。レースのカーテンがたなびいている窓からは、春と夏の境を匂わせる小風が入りこんできます。
匂いといっても、甘さや美味しさを連想させるような、そんな直接的な刺激ではありません。
綺麗に例えるならばお日様の匂いとでも言いましょうか。干したてお布団から漂うような、そんなあれです。
実はあの魅惑的な天日干し布団の香りは、ダニの死骸や良い感じに太陽光を吸い込んだ埃が匂って――だなんて信じません。
信じてたまるものかです。これでも少しはメルヘンな世界が好きなものでして。
私自身が腰かけている椅子は、小さめの丸テーブルとセットになっている、アンティークっぽい木製の椅子です。
アンティークっぽい、です。そのものではありません。それらしき別の何かです。
別物ではあっても、座り心地やら気分的な満足度に違いはないと思います。そんな自己暗示。
仕事用のノートをテーブルに広げたまま、私は時間と空気とまどろみによって作り出された心地よさに浸っていました。
「お仕事って言っても、半分は趣味みたいなものだし……ちょっと休憩するのもありかも?」
独り言、そのに。
今はおじいちゃんも家にはおらず、朝から近くの森へと外出中です。
ご近所の方々に頼られるのが嬉しいのか、はたまた個人的に好きなだけなのか。おじいちゃんは今日の仕事がお気に入りで。
私としても、おじいちゃんの仕事っぷりには大きな期待を寄せています。
具体的には夕餉の質を向上させるために。お肉的な。狩りという名のお肉ゲット作業です。
野暮ったい想像を思い描いていると、とても素直な私のお腹が、気分を主張するかのように一声上げました。
ぐー。
乙女としては恥ずかしさを感じまくる生理現象。でも、今は全然平気です。だって一人きりですし。
はい。お腹が空きました。
これはいけませんね、と早期に判断。ノートを畳んで立ち上がります。
ちらりと柱時計に目を向けると、いつでもどこでも午後二時をお知らせしています。動いていないだけですが。
電池を手に入れることが難しくなってから、もう何年経ったことでしょう。
以前は長い針が定位置に辿り着くたびに鳴いていた鳩さんも、時計の上、小さめな巣の中でお眠り中です。
「確か先週、配給札で……」
記憶と脳内闘争を繰り広げつつ、私は台所へと足を進めました。
食べたいもの対食べられるもの。この関係式がイコールで結ばれていたとしたら、どれだけ幸福なのでしょう。
色々と食べたいものはあるのだけれど、材料となるものは限られています。
こんなご時世。最低限なものは手に入るのですが、嗜好品ともなるとその限りではなくなるわけでして。
今更言うまでもないことですが。応用と言いますか、創意工夫が必要となるこの世界。
小腹が空いたからお菓子を作ろうー、と意気込んでみても、選択肢は限られてしまうのでした。
「あ、蜂蜜クッキーが作れそうー。よぅしっ」
やはり最後に勝つのは自然食、ということでしょうか。素朴なまでに甘くて、素朴なまでに自然派なお菓子が作れそうです。
戸棚を開けたり閉めたり。調味料を取り出したり戻したり。中身が入っていたり残念だったり。
そこそこに準備は完了。さて、それじゃあ始めましょうかー……というタイミングで、
「あまいよかん」「しあわせなかんじに?」「いっしょにたべるー」「ぼくたちもいいの?」「むしろたべて?」
台所のテーブルの上に、ちんまい合唱団が生まれていました。その人数は五人。
どう見ても小さな人。小人さんです。背格好は誰も彼も似たようなものでして、身長は10センチぐらい。みんな男の子。
童話に出てくるような服装をしているうえに、つぶらな瞳とあどけない顔立。ちまちま動く両手両足は反則的に可愛くて。
舌ったらずな言葉を継ぎ接ぎに、期待の眼差しを向けてきます。
羽が生えていたりするわけでもないのに、一体どこから入り込んで来たのか。それ以前に何者なのか。
正直言って謎だらけな存在だったりします。
分かっていることはとても単純なことだけ。そして、とても大切なことだけ。
彼らは妖精さん。
今現在、この地球上で最も繁栄している人類です。人類という単語は、彼ら妖精さんを指します。
では私達は?
私達は旧人類。人数も減り、文明も衰え、僅かな人口が生き延びている旧世代です。
簡単に言いますと、私達旧人類は衰退しました。
何かがあったらしいです。この世界に。その何かとは、それこそ何か、としか伝わっていないのですが。
私達人間が地球上でわんさかしていた時代から、そこそこの時間が過ぎ去ったある時。大断絶というものが起こりました。
断絶です。それはもうばっさりとした。
その出来事を境として、気持ちの良いほどスムーズな衰退が始まったそうです。私達人間の。
サヨウナラ物質科学文明。コンニチワ今現在の残り物文明。
人口が減少し、技術が途絶え、それでも未だに人間は生き残っています。かつての熾火を拠り所として。
通貨という概念すらも消え去りましたが、それはそれ、物々交換やら中央から配給される物品を用いて日々過ごしています。
けれども、昔は良かったねー、等と言う人々はおりません。
隆盛時代に関しては、知識として知ることが可能といった程度には昔の話ですから。
さて、新しい人類――妖精さんという種族は、ただ今地球上において、百億以上の個体数が存在していると目されています。
もしかしたら二百億かもしれません。詳細は不明です。だって妖精さんですし。
こう表現すると、あまりに適当だと思われてしまうかも知れませんが、至って真面目な事実です。
ぱっと見は愛玩動物的な彼ら。私の目の前でも、出来たてクッキーを頬張りつつ、思い思いに幸せを堪能しています。
「しあわせなー?」「はざわりとあじがきめてです?」「おどろきのじかん」「しふくです?」「おもいのこすことありませぬー」
意味がありそうで、前後の会話すらも繋がっていなさそうで。
「いっぱいあるから、沢山食べてねー」
「なんという」「なにかおめあてで?」「ぼらんてぃあ?」「ないそではふれませんが」「むしろあなたのえがおがきめてです?」
きゃっきゃわいわい。どうしましょう。とにかく可愛いのです。この子達は。
ひと抱えもあるクッキーを食べきって満足したのか、彼らの一人が仰向けになって、ぐてーんとし始めました。
誘惑に負けた私は、人差し指で、そのお腹をぷにぷに。つっつく、つっつく、つっつく。
いやんいやんとくねくねする妖精さんでした。じゃれて遊んでいるみたいに、猫キックで指先を押しのけてきます。
まったくもって力不足な反撃でしたが。
ここで頑張るのが子猫の行動。必死に脱出しようとするか、口で甘噛みしたりすると思います。
ですが、ここで達観するのが妖精さん。そのうち抵抗すらも諦めて、両手両足をだらーんと放置してしまいます。
そして抜け切った声色で一言。
「……いっそころして……」
早すぎます。諦めが。人生観的にも。
「そんなことしないよー? だって私達と妖精さん達はお友達でしょ?」
「にんげんさんとぼくたちが?」「おともだち」「おそれおおいです?」「だってぼくたちこんなですよ?」「ちんまいです」
「でもでも。今の地球は妖精さん達の世界だよ?」
「そーなのですか?」
「そーなのです」
一般常識的な意見を伝えたとしても、妖精さんの顔に浮かんでいるのは思案模様。ぴこんぴこんとはてなマークが浮かんでます。
これはここにいる妖精さんだからこその反応ではありません。彼らはまったく気にしていないのです。
自分達が今の人類であると。私達は古い人類であるのだと。
それどころか、妖精さん達は人間が大好きだったりします。好きで好きで仕方がなくて、恥ずかしさに負けてしまうくらいに。
そもそも普段は羞恥心によるものか、人前に出てくることが稀だったりする照れ屋さんな種族です。
私は餌付けが功を奏したのか(格上な種族さんに対して侮蔑的な表現かもしれませんが)このように仲良しさんでしたけど。
そう、餌付けです。あらら。繰り返してしまいました。少し反省。
妖精さん達はお菓子が好物です。甘いものが。その辺りは私と気があった要因ですね。
なんでも妖精さん達は、自分達でお菓子を作ることが出来ないらしいです。あんなにも優れた文明を持っているというのに。
優れた文明に関してはひとまず置いておいて、妖精さん達がどの程度お菓子好きなのか考えてみましょう。
私は椅子から立ち上がり――まぁ、基本的に臆病な彼らは、私の動きだけでひゃっと驚いていましたが――戸棚へと移動。
とあるビンを取り出して、振り返りつつ宣言します。
「残り物だけど、今日はなんと、金平糖まであったりしちゃいます!」
一同茫然。で、
「なにごと!」「きょうはおまつり?」「おたんじょうび?」「ばーすでー」「しゅくじつですな」「れきしにきざまれるです?」
大反響でした。暦に残る祝日となりそうな勢いで。まさかの記念日認定でしょうか。
とまぁ、私の行為が歴史に記されるかどうかは別として、このように妖精さん達は物凄い勢いでお菓子好きなのです。
口々に感動と喜びを讃えて、妖精さん達六人は、金平糖が来るのを今か今かと……? 六人?
あー。そうでした。こんな感じに妖精さんは増えます。気がつけば。わらわらと。
最初は五人だった妖精さんですが、今では六人に増殖しています。いつの間にやらプラス一名。
楽しいと、幸せだと、彼らは増えてしまうのでした。原理はよくわかっていません。
余所から集まってくるのか、既にその場にいた個体から増殖するのか。増える瞬間を目撃することは出来た試しがありません。
こんな事象すらも、妖精さんですし、の一言で済んでしまうのですが。
「あ、ごめんねみんな。お待たせ。……はい、どーぞ」
「おあずけしゅーりょー?」「まだまだまてるよ?」「もっといじめて」「それすらもうれしさです?」
期待に満ちた眼差しを受けた私は、再確認レベルの思考を中断させて、金平糖をひとつまみ。一人一人に手渡ししていきました。
私にとってはそれこそひとつまみサイズの金平糖ですが、妖精さんにしてみれば両手で抱える大きさです。
妖精さん達も幸せ。そんな彼らの姿を見ていて、私も幸せ。はい、幸せスパイラルですね。
「……妖精さん。妖精さんは、どうして妖精さんなのかな?」
種族的には、ひとりごとそのさん。この場にいる人間は私ひとりだけですから。
異文化コミュニケーションとしては未知との対話。答えが返ってくる可能性は極めて低いのですが。
ですが珍しく反応がありそうでした。口の周りを砂糖でぺたぺたにした一人が、何かを答えようとして……。
「小毬、いるかー?」
響いた音は同種族のもの。外から聞こえたのは、とある知り合いが訪ねてきた声でした。
「ぴーっ!?」「わもーっ!?」「きゃーんっ!?」「ぺむーっ!?」「ぴひゃーっ!?」
「あ……」
驚き過ぎな妖精さん達。十人近くいた彼らは、突如かけられた声にびっくりしてしまい、我先にと散開してしまいました。
一人は棚の裏へ。一人は窓の外へ。一人は隣の部屋へ。一人は私の胸元へと。てんでバラバラに隠れていきます。
って!
「ちょちょ、ちょっとーっ。服の中に潜りこんじゃ駄目だよーっ!」
まさかの潜伏ポイントとして、人の胸元を選ぶのはどうかと思います。
妖精さんとしては、その、性的な考えを持ってはいないのでしょうけれど、私だって女の子、恥ずかしいのです。それは。
彼らに続いて慌てた私は、服の首元を手で広げて、入り込んだ一人を取り出そうとしたのですけれど、
「うー。もういなくなってるー」
まるで霞に消え去ったかのように。視界に捉えたのは私自身の素肌だけでした。
……いくらなんでも、10数センチの妖精さんが隠れることが出来るほど、私のお胸は霊峰じゃありませんので。
文字通り消えてしまったのでしょう。もしくは、見えなくなっただけなのかもしれませんが。
人間の理解している物理法則から、華麗に逸脱している妖精さんなのでした。
「……おーい、小毬ー?」
「うわひゃあっ」
想像以上に近場から聞こえた私を呼ぶ声。今のおかしな返答は、驚きを存分に含んだ私の脊髄反射でした。
「胸元を覗きこんで何やってんだお前?」
「……恭介さんはデリカシーが足りないと思うし、勝手に入ってこないで欲しいし、デリカシーが足りてないと思うな」
「うわ。こいつ二回も言いやがった」
「でも、うん、恭介さんだしね」
「なんだ? 意味が良く分からないんだが……」
外から声をかけておいて、そのくせ慣れた様子で人の家に侵入してきてくれたこの人は棗恭介さんといいます。
私は親愛と諦観と観念を込めて、恭介さんと呼んでいます。
「ん? なんだよ、人の顔をじろじろ見て」
「いえ。なんでもないですよー。せめて返事を待つか、出迎えられるのを待っていて欲しかったなんて思ってないですよー」
「そう言うなよ小毬。訪ねた先で悲鳴が聞こえてきたら、そりゃ駆けつけるだろうさ」
「あ……」
なるほど。妖精さんが突撃私の胸元へ的な悲鳴を聞きつけたからこそ、無礼を承知で入ってきたと。
それが取るに足らない妖精さんの行動による驚きの声だった、だなんて考えもせず。
これではこれ以上怒ることも拗ねることもできないじゃないですか。
……そうでした。この人はこういう人でしたね。
私と恭介さんが出会ったのは、人間人類最後の教育機関である学舎(がくしゃ)でした。
人口減少に伴って、人間人類は教育機関を維持していくことすらも難しくなっていたのです。
全世界に数ヵ所しかない学舎のひとつで、私は恭介さんや彼の妹さん、幼馴染さん達といった最高の友人と出会ったのです。
当時のことを思い出すと、何日かけても時間が足りなさそうなので割愛しますが、それはもう元気いっぱいな毎日でした。
しかし、そんな学舎も、順調に数を減らし続けているらしいです。
恐らくは……いえ、確実に予定されている未来として、近い将来には学舎という施設そのものが消え去ることでしょう。
遅くても次の世代にはきっと。それもまた、約束された衰退のひとつです。
「で、実はちょっとした頼みがあって来たんだが……。なんだよ、相変わらずお前は話し方と文章体が乖離しているよなー」
「恭介さん何読んでるのーっ!?」
話しながら居間に移動していった恭介さんは、あろうことか私の仕事用ノートに目を向けやがってくれてます。
なんという待ちやがれですか。
「忙しいか今?」
「ううん。大丈夫ですよー。乙女の敵に抗うだけの簡単な任務をしているだけだもん」
奪い取ったノートを胸に抱いて、ジト目で反抗したりする私。
「……なんのこっちゃ? 本当に忙しくないか? 胸のサイズを確認するのに邪魔してたりしないか俺?」
「りんちゃんに言いつけるからね。今のセクハラ」
胸の中に逃げた妖精さんを検めていたときの話だと思いますが、よくもまぁ無自覚にそんな台詞を吐けますね。
悪い悪いと、少年のような笑顔が放つ、誠意がないようでその実真摯な謝罪。
この人もまた不思議な人なのでした。
……広義的に解釈をすると、それなりに好意を持っていなくもないのですが。
「でも私に頼みってことは……」
辱めな過去の出来事を押し流そうと、私はやや強引に話を修正します。
実際、恭介さんが頼み事を持って来たという時点で、ある程度は予想していたのですが、やはり的中してしまいました。
恭介さんは、いつも悪いなと形容できそうな表情を浮かべつつ、要点だけを端的に。
「童話災害が起きちまったみたいでさ。今度巻き込まれたのは理樹なんだ」
人間と妖精さんは別種の生き物です。人は人、彼らは彼らの生活、考え方があるのは当然なのです。
人が文明を築き続けて自然を破壊することもあれば、妖精さんが起こした出来事によって、問題が発生することもあります。
それは仕方のないことです。だってそれぞれ生きているのですから。
ある意味安心なのは、現在の人間では地球規模の問題を引き起こすことがないということ。というか出来ません。
逆に地球規模どころか、この世規模でいくらでもどーとでも何かを起こせそうな妖精さん達は、ちんまい事象変化を起こします。
皮肉なことに、人間大好きな彼らのすることは、少なくない確率で人間へと影響が及びます。
それが童話災害。
名前の由来は読んで字の如く、童話的なトンデモ出来事により派生する災害のことです。
数人程度がいるだけの場合では、先程の光景のように、どこまでも可愛らしい隣人でしかない妖精さん。
ですが、単位の桁が増えるに従って……数十人、数百人となることによって、彼らの行為は勢いが変わります。
一言でいえばファンタジー時空です。正直何が起こっても不思議ではありません。
と、大層重要そうに言い表してみたところで、所詮はほにゃほにゃな妖精さん達のすることです。
長くても数日の時間が経てば、妖精さん自身が飽きてしまうことにより、世界は元通りになるのでした。
「確かに、気にせず放っておいても、理樹は元気満々なんだろうけど……これも仕事だしな」
恭介さんは私の視線から思考を読み取ったのか、そんな風に説得モードへと移行してたりします。
仕事。恭介さんの仕事は手と手を繋ぐお仕事です。人間と妖精さん、みんな仲良く生きていきましょうといった具合に。
役職名は調停官といいます。
なんと国連所属。エリートですね。優秀なのです。もっとも、国連というのは名ばかりですが。機能していませんし。
て言うか、無くなっちゃいそうです、国連。あるにはある、と言い張る人々もいますが。
伝説の集合体である国という人々の纏まりを、その上というか斜め横から動かしていたという国連。
……なんでしょう、なんだかよく分かりませんよね。
「恭介さん。毎回言いますけど、私、民間人なんだよ?」
「何度でも口説くが、この辺りでお前ほど妖精に気に入られている人間はいないんだよ」
ちょっと嬉しかったり。私としても、妖精さんは大好きなので。
「今回も頼むよ。ノンフィクション童話作家さん」
それが私の肩書きだったりします。
童話作家なのに、主な内容はノンフィクション。それが私。
どこかで何かが根本的に間違っているような気もしますが、そんなことはベッドの脇にでもぽいです。
職業柄、童話災害に関する事柄は作品の栄養素なわけですしね。利益も兼ねて、恭介さんのお供をするとしましょうか。
だからこそ返事は大肯定。被害者も理樹くんですし、元気いっぱい頑張るとしましょう。
恭介さんと交わした形ばかりの交渉は、あくまでも気分的なもの。人生にはスパイスが必要なのでした。
「お、小毬ちゃん。来てくれたのか」
「あー、りんちゃんっ」
家を出て暫く歩いていると、長い髪の女の子に声をかけられました。ポニーテールを揺らした小柄な子です。
彼女は鈴ちゃんです。隣にいる恭介さんの妹さんで、私とは学舎で出会いました。
最初の頃は人見知りが激しかった鈴ちゃんでしたが、寮生活な毎日を過ごしていくうちに仲良くなっていったのでした。
今では大親友です。……だと思ってます。……であって欲しいなぁ。
なんて想いを抱いていたりするので、会う度にアピールする私でした。こんな風に。
「こんにちはー、りんちゃんっ」
「うわぁっ!? 急に抱きついてくるなぁっ!」
スキンシップです。親愛の表現ですね。うん、今日も鈴ちゃんは柔っこくて気持ちがいいです。
個人的には大満足な挨拶なのですが、いけずな鈴ちゃんは身を捩って抜け出そうとします。
もう、大好きです。
「ははっ、相変わらず仲が良いなお前達はっ。よし、俺も混ざらせてもらうとするかっ」
「きしょい。きょーすけはくるなぼけ」
「ぐは。シンプルかつ直接的なダメージだぜ……」
元より私が抱きついている以上、このタイミングで抱擁しようだなんて思ってもいないくせに、恭介さんはこんなこと言います。
鈴ちゃんをからかうのが好きなんでしょうか。それとも叱られたいのでしょうか。少しだけ謎です。
「お前は俺の助手だろ? もう少し兄に対して優しくしてくれてもいいと思うんだが」
「あたしは助手ではあっても妹じゃない」
「いや、そこは否定しないでくれよ……」
兄妹のコミュニケーションは、本日も滞りなく交わされているようです。これはこれで仲良しさんなんですよね。
私はどさくさに紛れて、ずっと鈴ちゃんを抱きしめているんですが。
そうそう。鈴ちゃんが言っていた通り、彼女は恭介さんの助手さんを勤めています。
調停官の助手。お仕事が忙しい、ようでそうでもない、恭介さんをサポートする役目ですね。
今日みたいに少し大きめな事案がある場合には、大抵一緒に行動しているみたいです。
ぼちぼち行こうか、という恭介さんの言葉が皮切りとなり、私達一行は里の奥、理樹くんの住まいへと歩き出します。
道すがら、数十頭の羊さん達とすれ違います。みんなもこもこな身なりをしています。
あの羊さん達は里全体の所有物です。時期が来れば総出で毛刈りを行います。
私もアルバイト感覚で参加したことがありました。滅茶苦茶重労働ですよね、あれ。
それに押さえつけた羊さんのめーめー声を聞いていると、どことなく罪悪感が過ぎったり。
今年はどうしましょうか。でも参加しないと羊毛の配分が減ってしまいますし。悩みどころです。
さて、歩きがてら聞き及んだ童話災害の内容は、以下の通りでした。
理樹が目を覚まさない――。恭介さんに相談を持ちかけてきたのは、真人くんだったそうです。
理樹くんと同居している真人くんは、朝になっても寝室から出てこない理樹くんを気にして部屋に入ってみました。
いい加減起きてこいよーと、気楽に扉を開けた真人くんが見たのは、はぁ? はぁ? はぁ? と三回つっこむ程の光景でした。
寝ていました。とても安らかな寝顔で。聞き及んだだけで、天使のような寝顔を想像してしまいますね。
問題なのは、彼の格好と、同衾している多数の妖精さんの姿です。
「お姫様?」
「ああ、お姫様な服を着ていたらしいぞ」
鸚鵡のように聞き返してしまいました。何故お姫様姿に?
発見者の真人くんは、満足のいくまで一人つっこみをしてから我に返り、理樹くんを起こそうとしました。
ですがいくら声をかけても揺すっても。結局理樹くんは目を覚まさなかったと言います。
まったく目を覚ます気配がない理樹くん。周囲、毛布の上や枕元、頭の上などで一緒に寝ている妖精さん。
真人くんは駄目だこりゃと判断し、調停官である恭介さんの元へと相談に来たのでした。
「真人くんはどうしてるの?」
「先に家に帰しておいたから、理樹の様子を見守っているんじゃないか?」
もしくは理樹くんのベッドの横で、筋トレでもしていそうですよね。
「……寝ているお姫様と、沢山の妖精さんかぁ」
なんだかどこかで読んだ憶えがありますね。そんな童話を。伝承レベルに古い古典だったような。
「危険はないんだろうけどな」
恭介さんは不安げなく言い放ちました。
今更言うのも何なのですが、人間大好き妖精さんは、普段人前に現れないくせに、誰かの危機には迅速に行動してくれます。
こんな私だって、妖精さん達に助けられたことは幾度もありました。
極論ですが、人間に害を与えること事態がありえないのです。彼らはどうしようもなく人間を好いていてくれているのです。
問題なのは『助けられた』と言い切っていいのか分かりかねる結果があることなのですけれど。
例えば、森で迷ってしまった際、突如出現した地下への階段を下りてみると、里への直通地下鉄が築かれていたり。
例えば、蜂に追いかけられてしまった際、逃げまどううちに、いつしか気がつけば、蜂蜜が私を追い回していたり。
例えば、例えば。えとせとら。
本当に理解不能な結果がつきまとうのでした。しかも翌日には元通りになってたりしますし。
地下鉄は一晩で埋め立てられ、蜂蜜は一晩でジャムになっていたり。基準がわかりません。
ただ、やはり、なんと言いますか。
異種族なのです。私達と妖精さんは。
妖精さん的には元通りにしているつもりな行為でも、人間にしてみれば何某かの後遺症があったりなかったり。
本当の意味で、妖精さんに人間のことは理解できていないのかもしれません。
それは私達側からしても言えることなのですが。
「こいつはまぁ……」
「なんとも……」
「なんだこれ」
お城発見です。理樹くんのおうちがあったはずの土地には、見紛うことなきお城が鎮座していました。
細部まできっちりと作りこまれた真っ白いお城です。
中央にあるのは宮殿でしょうか。窓には透明度の高い硝子がはめ込まれ、左右に立つ塔の天辺には旗が靡いています。
このままおとぎ話の世界に入り込んでもグッドデザイン賞を貰えそうな、そんなお城でした。
かなりダウンサイジングされていますが。
「一軒家サイズの城……か」
これまた妖精さんの仕業でしょうか。……でしょうね。どうしたものかと思案に暮れます。だって入れないのですから。
正面には正門らしき構造体があるのですが、何分小さいものでして。
小柄な鈴ちゃんどころか、兎さんサイズでようやくという大きさです。妖精さんのサイズ、ということでしょうか。
「どうしようー?」
困り果てててしまいます。中には眠れるお姫様が待っているというのに。男性ですが。
「おこまりで?」
ぽん、と。
人の胸元から飛び出て来たのは、先程隠れた妖精さんです。ナイスタイミングな登場。出待ちしていたかのように。
手の平の上に着地した妖精さんに顔を近づけて、私は笑顔で話しかけます。
「妖精さん」
「なんでしょー」
「これから胸元に隠れるの禁止」
「ぴーっ」
泣きそうになる妖精さんでした。おかしいですね。素敵な笑顔を浮かべていたつもりなのですが。何が怖いのでしょう。
「丁度いい。あんた、この城に入る方法知ってるか?」
「おしろですか?」
私、恭介さん、鈴ちゃん。その三人に囲まれて、妖精さんは首を傾げていましたが、問題のお城を見せてみると、
「すてきなべっそうですね?」
なんて、お気楽な感想を述べてくれました。
「いりぐちありますよ?」
「私達だと扉が小さすぎて入れないの」
「にんげんさんはいれないですか」
「そうなのです」
んー、と一瞬だけ考えた後、忌憚なく言った答えは。
「かくでもつかってとびらこわすです?」
「超却下」
核って。核兵器禁止。超禁止。
「ならうらぐちー」
「あっ」
ぴょん、と。妖精さんは私の手から飛び降りて、すたこらさっさとお城の裏側へと走って行きました。
身のこなしは小動物そのものですね。早い早い。
彼を追いかける私達でしたが、死角となっていたお城の背後側に回り込むと同時に、腰から力が抜けていくのを体感しました。
隠す気もないように、堂々と裏口が用意されていました。人間サイズの。
「用意がいいな」
鈴ちゃんだけは動じません。肝が座っています。
そしてお邪魔しますな私達。
裏口を開けると、理樹くんの寝室に繋がっていました。部屋のサイズは今まで通りの理樹くん部屋です。
外観と内部のギャップに気が滅入りますが、今考えるべきことは理樹くんの様子です。
……確かにお姫様でした。ふわふわフリフリ。似合いすぎていることに女の子としては心が痛みます。
「聞いていた通りの姿だな」
ぺちぺちと理樹くんの頬を触る恭介さんが、周囲に目を向けながら、裏口を教えてくれた妖精さんに聞きます。
「これってお前達の仕業なのか?」
「さー?」
「……あー、小毬、そいつの相手よろしく」
任されました。胸元飛び出し妖精さんを肩に乗せて、私は理樹くんの傍で寝ている妖精さん達を覗き見します。
「うーん。この子達は寝ているのかなぁ」
「かんしょうちゅうかと」
「え、干渉?」
「えいがかんしょうー」
映画、ですか。それってスクリーンに投影された物語を大勢で楽しむという、旧文明のあれのことなのでしょうかね。
「映画? なぁ、そこの妖精。お前達も映画って言葉……つーか、概念を知ってるのか?」
「ぼくにきょうみしんしん?」
「かなり過去の、しかも人間の文化だろうに。どこかで学んだのか?」
「かれいにするーされましたです……」
「妖精ってなんなんだ? そんなに昔から存在していたのか? それとも人間の知識を吸収でもして、」
「すとーっぷ。ストップだよ恭介さんっ」
頭から煙を燻らせている妖精さんを庇うように、私は恭介さんの詰問を差し止めます。
職務に忠実、というよりも、人間と妖精さんの関係に、学舎時代から多大な興味を持っていた恭介さんです。
気になった点は、即座に追及したいのでしょう。
「そもそもリアルに頭から煙を出してる時点で納得がいかねーっ!」
「仕方ないよー。だって妖精さんだし。……さてと、妖精さん。聞いてもいいかな?」
「……いぶされたぼくでよければなんなりと」
なんとか落ち着いてくれたみたいですね。
「ええと、映画観賞ってどういうことなのかな?」
「うかがっただけなので、ぼくにはなんとも」
「聞いたの? 誰に?」
「できごとに」
ある意味私達よりも思考レベルが高すぎる気がします。
「納得いかねーっ! 理樹も起きねーし鈴は優しくねーしっ!」
「じょうえいちゅうはおしずかにー」
恭介さんへのお叱りの声は、理樹くんがいるベッドの方から。具体的にはベッドに寝ていた妖精さんからです。
見てみると、寝ていた妖精さんが順番にむくむく起き上がってくるところでした。
そして揃って人差し指を口に当てて、しー、とゼスチャー。
「あ、ごめんねー」
反射的に謝罪してしまう私なのでした。
「でも」「もだいじょぶかも」「かもかも」「おしまいみたいー」「かんどうのえんでぃんぐです?」
「えっと、それってどういう……?」
「ごたいじょー」
そんな掛け声と共にすぽぽぽぽーん、と。
理樹くんの耳から(耳から!?)、何人もの妖精さん達が飛び出してくるではありませんか。
「うおぁあーっ!?」
真近にいた恭介さんの驚きようといったら。なんかヘンな声が出ました。
「ただいまー」「かんるいですなー」「ちょうたいさくでしたわ」「ぞくへんたのしみです」「こきざみにふるえますー」
呆気にとられる私達が茫然と見守る中、口々に感想を語るのは理樹くんから飛び出してきた妖精さん達。
もう何が何だか状態です。やがて、ベッドから身動ぎをする音が聞こえてきました。
理樹くんの瞼が、ゆっくりと開き始めます。
「んー……あれぇ……恭介、来てたの?」
「理樹っ」
「鈴に小毬さんも……うわ、妖精がいっぱいいる……」
「いますよー」「どこにでもいるのです?」「みてくれませんが」「ちんまいですし」「おめよごしごめんなさいです?」
「大丈夫か理樹? 痛いところとかないか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ鈴……って、ええっ!? なにこのドレス! どうしてこんな服着てるの僕っ?」
てんやわんやでした。
どうやら何もしないうちに解決を迎えたようです。結局この騒動はなんだったのでしょうか。
事の真相はというと。
「記憶映画鑑賞会、ときたか……」
項垂れ、疲れのオーラを醸し出しつつ、恭介さんは力なく呟きました。
恭介さんの前には、事情徴収を受けていた妖精さん達が、全員正座をしています。
怒られるの? 怒られるの? といった表情を浮かべて、今にも逃げ出しそうですが。
発端は昨夜。寝ていた理樹くんの枕元に、一人の妖精さんが冒険してきたことが始まりでした。
ドキワクな深夜の大冒険。そのとき妖精さんは、理樹くんの寝言を聞いたのだそうです。
「とてもたのしそうなねごとでした」
妖精さんは楽しいことが大好きです。場の楽しさが増すと個体数が増えてしまうほどに。
どのような寝言だったかは憶えていないそうですが、なんでも微笑ましくなる雰囲気だったとか。
「ですからおじゃましてみました」
「みました、じゃないっての!」
「ぴーっ」
「恭介、そんなに怒らないであげてよ」
興味を持った妖精さんは、不思議機能で理樹くんの夢の中へと旅立ったそうです。
理樹くんの夢の中では想像以上の楽しさが待っていたと言います。楽しさを数値化したとしたら700楽しい度ぐらいとのこと。
後は雪崩式です。楽しさを感知した他の妖精さん達が続々と集結。人数が増えれば出鱈目具合も比例していきます。
「いすつくりました」「おんきょうせいびしたです」「すくりーんがんばた」「ばいてんつくった」「のみものかいました?」
夢の中で夢を楽しむための劇場が作られていった、と。本当に映画館の様ですね。
そんな脳内映画館に一席用意されたのは、VIP席です。招かれたのは夢を見ていた本人、理樹くんでした。
「曖昧にしか憶えていないけど、すごく座り心地が良かったよ?」
「理樹くんも大概だよねぇ」
「え? 小毬さん、どういう意味?」
そのままです。
上演内容は理樹くんの記憶。それも楽しかった日々の記憶だったのです。
うまい具合に編集され、カメラワークも抜群、山あり谷ありなドキュメンタリー作品が上映され続けました。
編集カメラその他諸々は妖精さんの仕事だったと。敢えて言うまでもありませんね。
「にんげんさんいっぱいいました」「あれががっこうなー?」「そちらのにんげんさんもいたです」「きもちおさなめで?」
「夢の中でさ。学舎での思い出をね、いっぱい思い出したんだ」
それが異種族である妖精さんすらも虜にした、理樹くんの幸せな思い出。
「なんだかとっても懐かしかったな」
満面の笑顔を見せてくれる理樹くんです。
「でもな、あまり心配させるなよ、理樹?」
「心配って……」
「ったく。今何時だと」
「あ……もう夕方だ……」
楽しい思い出が多ければ多いほど、夢の中での上映時間は延びていったのでした。
結果的に、特大なお寝坊さんとなってしまったんですね。
「ところで」
ある程度の理解が進んだあたりで、私は残る疑問を口にします。
「理樹くんのドレスとこのお城って?」
「にゅあんすで」
「ニュアンスって……」
「なんとなく?」「まちじかんにつくってみた」「ほんのよきょうていどですが」「つくりつくりしました」
埒が明きません。
「めいさくえいがです?」「むかしむかしのにんげんさんの」「まねてみました」「りすぺくとてきな?」
「映画って?」
「ねむれるもりの」「びじょとやじゅうと」「しちにんのこびと」
眠れる森の、美女と野獣と、七人の小人……?
「それって、古典文学の?」
「なのです?」
「理樹が美女兼眠り姫で、おおかた真人が野獣か? 小人は自分達と」
そんな世界観を真似しただけだと。暇潰しにこんなお城まで作り上げたと。
行き着くところまで考えなしですね。本当にこの人達は。
僅かな時間で作り上げるという妖精さんの技術力は、何度か確認したことのある超科学力の賜物なのでしょう。
一晩で妖精さんサイズのメトロポリスを作り上げた揚句、数日で緑豊かな里山にしてみたり。
どう解析してみてもゴム動力なのに、まるで生きているかのような動きと質感を持つ折り紙生物を作ってみたり。
彼らを見ていると本当に飽きませんね。
「でもさ」
気が抜けている私達を尻目に、理樹くんはゆっくり言葉を区切るように言います。
「時には昔のことを思い出すっていうのもいいよね。ありがとう、妖精さん達。楽しかったよ」
「こちらこそです」「にんげんさんにかんしゃされました?」「ちょうしにのってもよいです?」「こんやはあなたどうです?」
「のーさんきゅーだっ!」
不意に話を振られた鈴ちゃんは、ふかーっと威嚇しつつ断りを入れています。
「じゃあ今夜は私の夢に来てみる?」
「おさそいですか?」「さそわれたね」「つかまえるきです?」「おかしといっしょなら」「そくばくされたいです」
「おいおい小毬……」
「大丈夫だよー恭介さん。でもみんな、いーい? 朝になったらお終いにすること。それとおうちを改造するのもなしだよ?」
提案を受けた妖精さん達は、みんながみんな大喜びでした。
夢の中に入って楽しい映画を体験すること。どうやら妖精さん達は、そんなレイトショーを随分と気に入ったみたいです。
私としてもそこそこに興味がありましたので、一度くらいは体験してもいいかなー、なんて。安全ではあるみたいですし。
「それと理樹くんのおうちは直しておくこと」
「はーい」「おやすいごようで」「きゅうじつしゅっきんです?」
「あ、なら僕の服も」
「……?」「……?」「……?」「……?」
「いやいやいや、そこでみんなして首を傾げないでよ……」
「おにあいですよ?」「あつらえたように」「とてもしぜんですが?」「しょゆうされたい」
「僕は男なのっ」
「えー、可愛いのになー」
「小毬さんもっ!」
そんなこんなで。
翌朝までには理樹くんのお家を元に戻すと約束をして、妖精さん達は解散となりました。
調停官である恭介さんも、これで童話災害の報告書を書くことが出来ると満足しています。
一応、今夜体験する私の話を明日にでも教えてくれと念を押されましたが。
基本的に調停官さんのお仕事は、こんなことがあったという報告書を書くことが主要内容なのですから。
設立当時の目的である異種族間の調停役といった本分を全うすることができる人材は、ほぼ皆無とのことですし。
でも、いつかは。妖精さんと心から繋がり、人間との橋渡しをしてくれるような方が現れてくれるかもしれません。
そのときにはきっと、私達人間が、どうして衰退したのかも……わかってしまったりするのでしょうか。
ノンフィクション童話用取材雑記より 著 神北小毬
追記、そのいち。
翌朝には直枝宅の原状復帰作業が無事に終了したとのこと。
妖精種による行為であることに間違いはないのだが、家主及び近隣住人は誰一人として作業状況を視認することができなかった。
曰く、いつの間にか元通りになっていた、とのこと。妖精種による異文化科学、並びに特殊能力等が発揮されたと推測される。
追記、そのに。
同日、著者寝室において極めて些細な問題が発生。
妖精種による異文化体験を行っていたことによる弊害であったが、内容としては衣服のすり替えが行われたことだ。
体験時間の長期化防止、住居の改竄といった条件は提示していたものの、衣服についての演出は禁止していなかった為である。
とてもドレッシーであったが、家族に笑われた。爆笑レベル。解せぬ。
追記、そのさん。
本件における調停官への情報提供者、井ノ原真人に関しての備考。
後日、妖精種における集落と思しき場所において、該当人物と酷似したモニュメントが発見される。
本人は調停官への情報提示後より現在に至るまで、その所在が不明となっている。
彼に何が起こったのか。そして彼はどこにいるのか。
著者自身危機感は憶えていないものの、二次童話災害と予想し、今後の課題として心に刻み込むべきと判断。