「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんっ。 凄い凄い、凄いよアレ!」
「ちょっと!? 待ちなさい葉留佳っ!」
私の諌めにも聞く耳持たず。
葉留佳はかろころと下駄の音鳴りを響かせながら、あひゃーだのうひょーだのと理解し辛い声を上げて屋台へと駆け出していった。
……風情、というものを知ってる? 葉留佳?
少しは落ち着いてこのひとときを楽しもうとは思わないの?
だって、今日は私たちにとって初めての……
「もーっ! お姉ちゃん! 時間は有限なのですヨ!? 今夜は二人で遊べる初めてのお祭りなんだからっ!」
飛ぶように駆け出していった筈の葉留佳が、全力疾走で私の元に戻ってきた。
捲し立てるように私を駆り立てつつ、その柔らかい右手で私の左手を掴んだ。
「葉留佳、そんなに引っ張ったら危ないわよっ!」
「やははーっ! お姉ちゃんの手、柔らかーい!」
まさに我が道。
私の忠告などお構い無し。
しやわせだー、なんて言葉でも書かれているかのような笑顔の葉留佳。
少しは嗜めようかしらと、私はいつも通りのしかめ面を返す。
……だというのに私の顔を見た葉留佳は、にぱーっと笑顔のレベルを上昇させた。
「うわーいっ!」
「ちょっ、葉留佳!?」
あろう事かこのお天気娘、飛び込むような格好で抱きついてきた。
……あ、やっぱり葉留佳って体温高いのかも。
なんて思ってしまったが最後、このやかましくて我侭で迷惑千万な騒音妹の事が……愛しく思えてしまってならない。
顔が火照っているのを自覚する。
なんだかんだ言っても、やっぱり私は、この娘が好きで仕方がないみたい。
「まったく、しょうがないわね……」
今の言葉は、誰に対しての言葉なのかしら。
葉留佳に対して? それとも私自身に対して?
……別に、答えを出す意味は無いわね。
いくら困った顔をしていても、迷惑そうに叱りつけていても…… 今感じているこの空気は、嫌いじゃない。
認めるのにはそれなりの時間を必要としたけれど、これはきっと、幸せだと思うから。
でも勿論、幸せの時間というものはそうそう長続きしない。
それはちょっと冷たい言い様だけど、世界のルールみたいなもの。
……だけど。
「おっ♪ びっくりイベントだぜ理樹! なぁ、お前も見てみろって!」
「だ、駄目だよ恭介。 邪魔したら悪いって」
どうしてかしら。
その原因が貴方達の場合、こんなにも腹が立つのは。
「で、貴方達もこの縁日を冷やかしに来た……と」
「冷やかしとは心外だな。 堪能しに来たのさ!」
また……
子供と言うかなんと言うか。
この男は、どうしてこんなにも目を輝かせているのかしら。
「理樹くん、今日は恭介さんと二人だけなの?」
「そうだよ葉留佳さん。 真人も謙吾も、それに他の皆だって実家に戻っちゃったからね」
「ありゃ? じゃあ鈴ちゃんは?」
「鈴は小毬さんの家にお泊りなんだって」
「鈴…… 兄としては嬉しいが、兄としては寂しいぞ……」
「いやいやいや、嬉しいで纏めておこうよ? って、それにどっちも兄としてなの!?」
問題児集団(別名リトルバスターズ)でも、そういったタイミングになってしまう日もあるというわけね。
後になって今日の情報を仕入れても、個人個人の予定と折り合いが付けられなかったってところかしら。
ふふっ、棗恭介の事だから、さぞかし無駄なリアクションで後悔したのでしょうね。
それを宥める直枝理樹、と。
自然とその光景が思い浮かんで…… って、何? 想像出来る程、私も彼らに毒されているって事?
「最低ね…… ホント最低」
溜息と共に言葉が零れる。
それを目聡く拾うのがこの男。
「そんな事ないさ」
「何? 貴方に何が分るって言うの?」
そうは言っても、聡明な彼の事だ。
もしかしたら私の考えもお見通しなのかもしれない。
「浴衣、とても良く似合ってるぜ」
全然理解してないじゃない! 誰が浴衣の話なんか……え?
「髪も浴衣に合わせて結っているんだな。 ……ははっ、アップにしたら随分と大人っぽくなるんだな二木って」
「ばっ……な!?」
馬鹿っ! 何言ってるのよ? こんな大衆の面前で……
「綺麗だぜ。 ああ、ホント見違えたよ」
さっきとは全く違う理由で顔が火照る。
「そ、そんな感想、気軽に言うものではないでしょ! べ、別に貴方のような愚鈍な男性に褒められても、全然っ」
全然…… ぜんぜん、嬉しくない……わけないじゃない。
「うん、葉留佳さんも可愛いね。 とっても良く似合ってるよ」
「ホントデスカー!? これは理樹くんフラグゲットの予感っ!」
「あ、あはは……」
直枝理樹、お前もか。
素質があったのか指導の賜物か……
とりあえず棗恭介元凶(?)と判断して、睨みつけてみたけれど、
「ははっ、照れるなよ二木」
この朴念仁、何をどう解釈したのだか。
……真っ赤な顔で上目使いに睨んでる私が言う台詞じゃないのかもしれないけど。