『なんでこんなことになってんだぁーっ!』
校舎の方から恭介の叫び声が聞こえてきた。
理不尽な厄災に見舞われて、前後不覚になってしまったが、それでも一縷の望みを見出そうとする……そんな声が。
正直なところ、そもそもの原因は恭介自身の内から発生したものではあるのだが、当の本人にしてみれば蚊帳の外。
何故こんなことに。どうしてこんなことに。どこでこうなってしまった。
唐変木な朴念仁では答えを見つけ出すのに、今後暫くの時間を必要とするのであろう。
「……声、聞こえなくなってきたね」
最後の叫び声が聞こえてきてから数分後。妙に静かな時間が過ぎている中で、理樹はぽつりと言葉を漏らした。
その表情には呆れと幾許かの笑みが浮かんでいる。
「校舎の奥に入ったのか、それともあの二人に捕まったのか。何れにせよ進展があったのだろう」
含み笑いを零すのは来ヶ谷。状況と展開を楽しんでいるのだろう。
興味を惹くのは、やはり恭介を取り巻く女性二人……彼を追いかけて行った二木佳奈多と藤林杏の攻勢ぶりだった。
女性二人が一人の男性に対して、ポッキーゲームを強要する。
ああ、なんと特殊な嬉し恥ずかし展開なのだろうか、と、来ヶ谷は勿論、その場にいる女性陣の大部分が囃し立てていた。
「……? どうして恭介くんは逃げて行ったの?」
天然的な意味で状況を理解していないのは、きょとんとした表情を浮かべている一ノ瀬さんちのことみちゃん。
そんな無垢な疑問を見かねたのか、小毬がことみへの説明役を買って出ていた。
「にしても、恭介もホント大変だよね……」
呟く理樹の言葉に、数人が首肯して同意を示す。
学校の校庭に集った彼ら彼女達は、遠い目をして校舎を眺める。
……やがて、
『──逃げたぁっ!?』
と、うら若い女性の声が、二つ重なって聞こえてきた。
理樹達がいる学校へと遊びに来た光坂高校在籍の数名。
彼らは本拠地で騒ぐリトルバスターズの行動に、未知の驚愕を感じていた。
即ち、アウェイでのミッションは、まだまだ全力ではなかったのだ、と。
「でも、あんなテンションのゲームについていけていたお姉ちゃんも凄いなぁ……」
「おお? 椋ちんはもうお疲れなのかなっ?」
「あ、三枝さん」
「やはー。私の名前も覚えていてくれたんだねっ。ありがとーっ」
「いつもご自身で『はるちん』『はるちん』って仰っていたので、ついつい名字は忘れがちになってしまうのですが」
感慨深く感想を述べた椋は、にこやかな笑顔で話題に参加してきた葉留佳と会話を続けていく。
「やはは。そーなのです。はるちんははるちんなのですヨ」
「あ、あはは」
多少、葉留佳の扱いに困りかけているのは、その人懐っこさから来ているのかもしれなかったが。
「よしっ! 椋ちんも私のこと『はるちん』って呼んで良いことにしましょー! いえーいっ」
「えと、それでは、今まで通り三枝さんで」
「がびゃーんっ、はるちんショック!」
口ではショックだ等と言ってはいるが、その実、葉留佳の表情は笑顔そのもの。
やりとりすらを楽しんでいるかのような、そんな葉留佳であった。
「それにしてもおねえちゃん達はどこまで行っちゃたのかなー?」
ふと、葉留佳が佳奈多達の行方について口にする。
恭介を追って走り去って行った佳奈多と杏。双子姉妹の姉コンビは互いが互いの恋敵だ。
だが、それでも互いに不仲というわけではない。寧ろ仲が良いと言えるだろう。
現に恭介への罰ゲーム……ポッキーゲームを連想したのも同時であった上、強行的な手段を選びとったのも同時であった。
──まさしく、恋する乙女はなんとやら、だ。
「でも……きっとお姉ちゃんなら、恭介さんを捕まえている頃と思います」
椋が葉留佳の言葉を拾い、校舎へと目を向けつつ、そう言った。
杏の行動力と、恭介への想いを理解していたからこその台詞だった。
すると、隣の葉留佳が、
「いやいやいやっ。今頃捕まえてるのはおねえちゃんの方ですヨ」
何故か競い合うように言葉を被せてきた。
勿論佳奈多を応援している、というのも正直な気持ちではあったのだが、実のところ、単純な対抗心でもあった。
「おねえちゃんは足も速いし頭も良いし、もう決着がついている頃なんじゃないかなっ?」
姉自慢という、いかにもな対抗心。
「……いえいえ。お姉ちゃんだって機転は利きますし、後輩の人たちから憧れられているほど運動出来ますし」
そして見事に乗ってくる椋でもあった。
「むぅ。おねえちゃんはねー、料理だって上手なんだよ?」
「お姉ちゃんのお弁当は絶品です」
「風紀委員だし」
「辞書投げは命中率凄いですし」
「あたしのことだって大好きでいてくれるもんっ!」
「同じくそれは負けてません」
当初の競い合いはどこへやら。いつの間にか、単なる姉自慢となっていた。
……これでもかというほど、子供っぽい戦いであったが。
「おねえちゃんはねえっ……!」
「お姉ちゃんはですねっ……!」
何度かの自慢攻防を続け、熱が臨界点に達しようとした、その時。
「でも、杏も佳奈多も。二人とも妹よりもおっぱいちっちゃいぞ?」
姉なのに不思議だな、と。
純朴な疑問符を浮かべた鈴の言葉が、話題の方向性を一転させた。
ふた組の双子の姉妹。
立場的には、姉>妹。
主導権的にも、姉>妹。
つり目具合も、姉>妹。
しかし……とある一部位に関してだけは、姉<妹。
そう、二人揃って、胸は妹に負けているのだった。
「これは不思議だ。不思議発見だ」
自身の発言におかしな驚きを持った鈴。
そのまま、どーしてだ、どーしてちっちゃいんだ? と、妹二人に問い続ける。
無論、椋も葉留佳も、説明できる解答など持っているはずもなく……。
「や、やはは……」
「え、えと、その……」
言葉を濁すことしか出来ない二人であった。
それでも鈴の追及は止まることを知らず、胸の大きさについての話題を広げていった。
やれ、双子とは胸に謎があるのかと。やれ、双子という存在には胸のサイズに共通性があるのかと。
更には──声をひそめていなかったから、当然でもあるのだが──他の人々も加わっての一大討論と変わっていく。
「りんちゃん? 女の子なんだから、そんなにおっぱいおっぱい言ってちゃだめだよー」
「いや。無垢な鈴君が連呼するおっぱい……これはこれで趣きがあるな」
「わふーっ! そもそもおっぱいに貴賎はないのですっ!」
「……能美さん。そこでどうしてわたしへと視線を向けるのでしょう?」
「あの、そのっ。わたしだってそれなりに膨らんでいるので、朋也くんだって安心ですっ」
「胸か……正直あまり大きいと邪魔なだけなんだが。どこぞの馬鹿にからかわれるネタにされてしまったこともある」
「実は風子、せくしーな胸をしているねって近所で評判です」
「バイオリン弾いてもいい? とっても、とっても素敵なバイオリンなの」
三人揃えば姦しい、とはよく言ったもので。
「ほわーっ!? クーちゃんが……クーちゃんがぁ……っ!?」
「はっはっはっ。クドリャフカ君のサイズはマニアックでとても良いな」
「逃げてください小毬さんっ! 私が来ヶ谷さんの餌食になっている間に……っ、わふっ!?」
「……良かったですね、能美さん。これで多少はサイズアップが見込めるかもしれませんよ?」
「あの……揉まれると大きくなるという話は本当なのでしょうか?」
「なにっ? そうなのかっ!」
「ふれんちですっ!」
「……誰も相手してくれないの。一人で勝手に弾くの」
これだけの人数が揃ったこの場は、会話が成り立っているようで。
誰もが止めようのない、なんとも混濁とした空間になっていた。
「……すごいな。みんな杏と佳奈多のおっぱいに夢中だ」
若干的外れな感想を述べる鈴。
ちなみに、事の発端を作った当の鈴は、
「杏も佳奈多も妹よりおっぱいがちいさくてよかったな、理樹」
「どうしてまとめっぽく僕に振るのさ……」
参加し難い話題に巻き込まれないよう、集団から距離をとっていた理樹の隣で、他人事のようにおっぱい会話の輪を眺めていた。
背後に迫った、二つの気配にも気づかずに。
──恭介に逃げ切られ、フラストレーションが溜まっ杏と佳奈多。
探索の最中で偶然拾った、巨大ネコじゃらしを持ち、発散出来ていない感情を持て余していた。
彼女達が自分達の胸の話題で盛り上がっている仲間達の元へと戻るまで……残り時間はあと僅か。
後に。
仲間達の元へと戻ってきた恭介が目にしたのは、
「……うっとり」
バイオリンを手に、恍惚の表情を浮かべていることみと、周囲に死屍累々と横たわる仲間達の姿であった。
はたして……彼ら彼女らに、何があったのか──。
◇れいむさんからのリクエスト作品でしたー。つか、無茶振りなれいむさんに惚れそうでした(笑)
⇒①恭介&杏&佳奈多が罰ゲーム(?)に没頭している間、椋と葉留佳が「お姉ちゃん自慢」で盛り上がり中。
②その最中、鈴が「杏も二木も姉なのに妹よりも胸が小さいぞ」と発言。
③前述の発言直後、何故か、鈴の後ろに巨大ネコじゃらしを手にした杏&佳奈多がいて・・・。
④1時間後、バイオリンを手にして、うっとりとしていることみちゃんが・・・。
そんなこんなで。リクエストありがとうございましたー。