「とりっくおぁとりーとーぉっ!」

 

 舌っ足らずな口調で季節の風物詩を叫んできたのはクドリャフカだった。

 先ず目を奪われたのは、満面の笑み。

 もう、どうしてくれようか?としか反応のしようがない程の純真無垢な笑顔がそこにはあった。

 とんがり帽子にマントにミニスカ黒タイツ。

 それら全てが漆黒とも言える黒色で統一された、見事なまでの魔法使いスタイルで身を固めたクドリャフカがそこにいた。

 小さな背中からちょこんと飛び出しているのは、その幼げともいえる体躯に負けず劣らず、申し訳程度な大きさの微笑ましい小羽。

 その小羽が表現しようとしているのは、可愛い表面の裏にいじわるな性格を持つ小悪魔ですよ~、とでも言いたかったのだろうが……

 モデルがモデル。

 小悪魔というよりも『あれっ? いたずらに来たはずなのにいつの間にかお持ち帰りされてますっ!?』的な悪魔っ娘コスなクドでしかなかった。

 

「お菓子をだしますかーっ? それともいたずらされるのですかーっ!?」

 

 今日はハロウィン。

 これはなんともねいてぃぶなお祭ですっ! とクドリャフカがノリノリになった理由はとても単純だったのだが……

 

「勿論いたずらだ」

「わふっ!? どうしておもむろに制服を脱ぎだしているのでしょうかっ!?」

「はっはっはっ」

「近いっ! 近いのですっ!?」

 

 最初のターゲットとして来ヶ谷を選ぶあたり、クドリャフカらしいというところか。

 その後の展開が容易に想像できる相手に対しても全力投球。

 そして予想通りな展開へ。

 

「これはもう……我慢する事自体がクドリャフカ君への冒涜だな……」

「わふーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 来ヶ谷の部屋から響いた叫び声には、艶というか……切羽詰った本気の雄叫びが満載だった。

Trick or treatit ?  <とりっくおぁとりーと?>

「うう~…… 私はお菓子じゃないのです~……」

 

 ……どうやら無事だったらしい。

 所々着崩れているのが懸命な抵抗の表れな感じもするのだが、とりあえずは来ヶ谷の部屋から脱出することに成功したクドリャフカ。

 初っ端から予想外な展開に発展してしまった事に戸惑いを隠せないクドリャフカだったが、今日の彼女は一味違う。

 

「それでは次のたーげっとにさーちあんどですとろいなのですっ!」

 

 瞬時に笑顔を取り戻し、ぱたぱたと寮内を駈け抜けていった。

 

 

 

 

「とっりくおぁとりーとぉっ!」

「にゃっ!? 理樹っ! クドが魔女子さんになってるぞ!?」

「魔女子さんって、それはまた新しい単語だよね?」

 

 鈴、理樹との遭遇戦。

 理樹が鈴の部屋にいた理由は考えない事に。

 

 

 

「とりっくおぁとりーとぉっ!」

「はわ~…… クーちゃん可愛いよぉ~~♪ うんっ! 私が持ってるお菓子、全部あげましょうっ」

「ちょっと神北さんっ! それはわたくしのポッキー……!?」

 

 小毬、佐々美部屋への突入作戦。

 佐々美のつぶつぶポッキー略奪成功(主犯は小毬)。

 

 

 

「とりっくおぁとりーとぉっ!」

「……」

「……? とりーと、なのです……?」

 

 美魚っぽい何かは崩れた大き目の薄い本の下敷きだった。

 キケン、チカヨルナ…… クドリャフカの本能が不思議な警告を発していた。

 

 

 

「とりっくおぁとりーとぉっ!」

「マッスル! オゥア、筋肉ぅっ!」

「わふーっ! まっするおぁとりーとぉっ! なのですーっ!」

 

 選択肢の意味がない真人と接近遭遇。

 暫くの間、筋肉祭(収穫感謝祭Ver.)を楽しむことに。

 

 

 

「とりっくおぁ……わふーっ!?」

「にゃははっ! クド公お似合いですヨッ! それっ!」

「待て待て待てぇ! 三枝ぁっ! ……俺のちょんまげを返せぇぇぇぇぇっ!」

 

 葉留佳、謙吾と遭遇するも、何故か謙吾から逃げ回っている葉留佳の道連れに。

 三枝さんごめんなさい……っと、謙吾に捕まった葉留佳に対して心の中で謝罪しつつ、次なる目的地へ旅立った。

 

 

 

 

 

 

「んーっ、恭介さんはどんな反応をしてくれるのでしょうかっ?」

 

 クドリャフカが立っているのは、男子寮、恭介の部屋の前だった。

 いつも想像以上のリアクションを反してくれる恭介。

 はたして、今日はどんな対応をしてくれるのだろうか?

 

 ……元々、クドリャフカがハロウィン的なイベントをしてみようと思い立ったのは、お菓子が欲しかった訳でもコスプレがしたかった訳でもない。

 初夏に起きたあの事故。

 その出来事が風化……とは言えないが、ある程度の時間が過ぎた今、彼女は彼女なりにメンバー皆を楽しませてみたかっただけだった。

 呆れられようが、一緒に楽しんでくれようが……

 結果は二の次。

 自分自身の想いで動いてみた、ちょっとした感謝祭だった。

 

「……いきますっ!」

 

 意気込み万全。

 息を溜めつつ、扉に手をかけたっ。

 

 

 

「恭介さんっ! とりっくおぁと……」

「「……」」

 

 確かに恭介はいた。

 今まで見たこともない程、驚きに彩られた表情と共に。

 ……その姿は四つん這いだったが。

 

「……りー……と?」

 

 注視すべき点は、彼の下敷きとなっていた人物。

 絶句し、混乱し、なおかつ予想外の人物にその姿を見られ、秒速360kmのスピードで状況を認識しようと思考を駆け巡らせていた……

 二木佳奈多の姿だった。

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 

 表現し難い、沈黙。

 

「じゃぁいたずらで、ぐはっ!?」

「なんでそんな普通にいやらしい返答が出てくるのよっ!」

 

 沈黙を破ったのは空気を読まない恭介だったが、止めを刺したのは顔を真っ赤に染まらせた佳奈多の拳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わふー…… びっくりしたのです~」

 

 自室への帰り道、クドリャフカは今さっき見てしまったとんでもない場面を思い出し、人知れず頬を染めていた。

 ……それでも、彼女の顔に浮かんでいるのは紛れもない笑顔。

 

「佳奈多さんも可愛いのですっ。 必死にちがうのよクドリャフカこれはちがうのよ、なんて焦って…… とても貴重な体験をしてしまいましたっ」

 

 クドリャフカが巻き起こした、これといって問題になるわけでもないいたずらな一日。

 

「……あれ? もしかして先程の私は、まさしく意地悪なウィルさんの役目を果したのでしょうか?」

 

 ウィル・オ・ウィスプ。

 ハロウィンにつきものな、伝説上の逸話。

 それはただの偶然か。

 それでも結局のところ、元気いっぱいな彼女にとってはどちらでもいい事。

 まだ、感謝祭は終わらない。

 

 今日が終わるまでの数時間、彼女はジャック・オー・ランタンとして、面白おかしい幸せを振りまく事になるのだろう。

 

 



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