休み時間、教室。
下級生、襲来。
「棗先輩っ! これ、食べてくださいっ!」
「ん? クッキーか? …へぇ、上手いもんじゃないか、どれ…… お! 美味い美味い♪」
「ホントですかっ!?」
「……」
本日のヤキモキ、+1ポイント。
昼休み、食堂。
同級生、接近。
「棗くんって好き嫌いあるの?」
「いや、なんでも食べるぞ?」
「そっか♪ んとね、今度この娘達とみんなで評判のお店に行こうかって話があってね」
「へえ、そんな店があるのか」
「……」
本日のヤキモキ、更に+1ポイント。
「はぁ…… まったく…」
風紀委員である二木佳奈多。
内心、恭介の『周り』が気になって仕方がなかった。
『棗恭介と二木佳奈多が付き合っている』
その事実を知っている人間は少なかった。
リトルバスターズメンバー及び風紀委員数名を除くと、指で数える事が出来る程度しかいない。
元々そういった関係について公言するタイプでない二人である為、当然といえば当然の状態だった。
しかし周囲に認知されていないという事実にはもう一つ大きな理由がある。
彼女である佳奈多自身の態度だ。
周囲に他人の目がある場合、ほぼ完全に以前のまま…即ち、愛想がなくそっけない風紀委員としての対応しかしない。
だからこそ、露骨に迫ったりする者も現れたりする。
そう、恭介に対して。
「少しは周りの雰囲気を感じ取れなの?」
「今日はまたご機嫌ナナメだな。 突然どうしたんだよ?」
今は寮の部屋に二人きり。
時々ではあるが、佳奈多のルームメイトであるクドリャフカが気を利かせてこういった時間を作ってくれていた。
佳奈多も口では『有難迷惑よ』等と言っているが、内心ではルームメイトの気遣いに感謝している。
もちろんクドリャフカにはその心情はバレバレだったりするのだが。
「…自分で気付きなさい。 この唐変木」
「…?」
佳奈多は不貞腐れた表情をしつつも恭介の肩に寄り添っている。
いつもは自制している反動か、人の目が無い場所では常にこんな感じだ。
「具体的に教えてはくれないのか?」
「…なんかに負けた気がするから嫌よ」
「そうか…?」
自分でもつまらない嫉妬心である事は理解している。 原因も、どうすれば良いかも。
それでも簡単に今を変えたくはない。 そんな佳奈多の微妙な心境は、あまり恭介に届いていなかった。
「ところで佳奈多、この部屋に耳掻きってあるか?」
「何? 痒いの?」
「ああ、なんか痒い気がしてな… 一度気になったら止まらないよな、こういうのって」
「はいはい…」
佳奈多は近くの引き出しから綿棒を取り出すと、その綿棒をみつめながら動きを止めた。
「無かったのか?」
続いて恭介の顔と自分の服装を交互に見て、何かを決意する。
無言で恭介の横まで来ると、いつも以上に愛想を消して…
床に正座した。
ぽん、ぽん。
掌で自分の太ももを叩いて恭介を促した。
「佳奈多?」
「ほらっ!」
ぽん、ぽん。
「だから…」
「横になりなさい…っ」
「……マジか?」
必死に表情を消しているが、既に佳奈多の顔は真っ赤だった。
「早くっ」
「スカートだぞ? お前」
「は・や・く」
「……んじゃ、堪能させてもらうとするか」
「…馬鹿」
「すぅ~~……」
「…はぁ……、流石にリラックスしすぎなんじゃない?」
数分後、恭介は耳掻きの途中で寝入ってしまった。
『動かないの!』
『ん…息が太ももに当たってくすぐったい…っ』
『もう、髪の毛が邪魔ね…』
『……手は動かさなくてもいいの…(怒)』
なんて佳奈多が話していたのも少し前の話。
今は恭介の寝息と時計の針の音だけが部屋の中を満たしている。
「本当、この人は……」
恥じらいと勇気、甘えと母性。
様々な葛藤を乗り越えてきたというのに、結局はこんなものだ。
当の恭介は、なんとも安らかな寝顔で身を委ねている。
「でも…」
なんとなく幸せな時間。
「たまには、独り占めしたっていいわよね…」
恋人を見る佳奈多の頬は、優しく緩んでいた。