「お…?」
「? …っ!?」
ははっ。 こいつはまた珍しい光景だなっ。
ついさっきまでは「やっちまった……」なんて思ってたが、授業が終わっても爆睡し続けた俺、よくやった。
こんなレアなシーンに遭遇できるとは…自分を褒めてやりたい気分だぜ。
「…よっ二木、食事中か?」
「……んぐっ、なうめひょうふへ、」
「まてまて、ちゃんと噛んでから飲み込まないと身体に毒だぞ?」
「…くっ… ……んぐ、んぐ」
へぇ… こいつもこういった物を食べるんだな。 ま、当たり前って言えば当たり前か。
でもなんだ? なんか楽しいぞ、このギャップ。
「そんな小さな口でよく食べるな… ははっ、なんかハムスターみたいだっ」
「っ!? …もく……もく……ごくんっ、…ふう… 何っ!? 悪いのっ? 私がハンバーガー食べてたらっ!?」
ありゃ? なんでいきなり怒られてるんだ、俺?
「悪くなんてないさ。 むしろ新しい二木発見の瞬間だ。 うん、悪くない」
「そんな発見されたくありません。 それで? 何の用ですか棗恭介先輩」
「いや、特に用はないんだが…」
「っ! …だったらどこかへ行ってください。 迷惑です」
「制服の上着を着てない二木か… ま、今日はそこそこ暑いしな」
「相変わらず人の話を…」
いつもの冬服から上着を取った姿か……
面白いもんだ。 たったそれだけの事なのに、印象ってのはこんなに変わるもんなのか。
「でもなにより、二木が歩きながら物を食べてるってのがアレだ」
「──っ! いっ、いいじゃないこれくらい! なんでそんな事を貴方に言われ、」
「なんか親近感が湧くよな」
「…っ」
いつも定められたルールを守ってる…ってなイメージだったけど、なんだ、そうか。
こんな一面も持ってたんだな。
「…甚だしく不愉快な笑顔ね。 何? どうせ似合わないって言うんでしょ? わかってるわよ自分でも…」
「そうでもないさ。 俺は好きだぜ?」
「すっ…!?」
「そーゆー食べ方。 やっぱりハンバーガーはテイクアウトだよな、うん」
「……はぁ…そうね。 ええ、そうよね…」
何だ? ハンバーガー持った手がだらーんと…
「食べちまえって、ソレ。 冷えたハンバーガーなんて、わざわざ好んで食べるもんじゃないだろ」
温かいうちに食べてこそだよな。
「はいはい。 ぁ……」
「? そこまで口に持っていってフェイントか?」
「……」
「?」
どうしたんだ? まさかたったの一口で満腹になったって訳じゃあるまいし。
「二木?」
「…ぃのよ…」
「…のよ?」
「恥ずかしいのよ… なんか」
「……は?」
えーと、え?
「貴方に見られながら食べるのが、どうしてだか…妙に…」
「あー、なんだ、うん。 良くわからんが視線を外せば良いのか?」
「とりあえずこっち見ないで。 …早く!」
仰せのままに。
「あむ、…もく、もく、もく」
食事再開か。
廊下の窓から中庭を見る男の背後、必死になってハンバーガーを食べている女子。
なんとも妙な光景じゃないか? これって。
空に目を向けると澄みきった青が広がっていた。 不思議と、心が踊る。 …理由なんてどうでもいいさ。
そのまま中庭に視線を落とすと、三枝が巨大な水鉄砲を持って駆け回っていた。
って…おいおい、逃げてる能美は半泣きじゃないのか?
ん、ここで俺と二木が乱入したら面白そうだなっ。
「なぁ二木、お前の妹が下に…」
「はるふぁ?」
だから飲み込んでから返答しろって……、あ。
「ったく、お前も鈴と一緒だな。 口の周りがケチャップでぺとぺとだぞ?」
急いで食べていたからだろう。
左側のほっぺたに、真っ赤なケチャップが『こんにちわ』していた。
「?」
「ほらっ、動くなって」
「っ!?!?」
鈴にしてやるように、俺は指でそのケチャップを掬い取り……
「ん、…美味いなこれ」
一口味見。
「なっ…なっ…なっ…!?」
こりゃ美味い。 今度俺も買ってみるか。
ん? 二木?
「二木? おーい。 二木佳奈多さーん?」
硬直、紅潮、震え。 俺が憶えているのはそこまでだった。
二木の変化に気をとられていた俺は、二木の右腕辺りから迫ってきた…と思われる…『何か』に意識を刈り取られて……
「……馬鹿」
苛立ちながらも優しげなその言葉。
記憶の隅に転がっているそれは…… 誰の声だったのか……
「なあ! これってミステリーだよな理樹っ!? 新たな七不思議を自ら体験しちまったぜ……」
「うん、恭介自身が七不思議だって事だよね、それ」
「なんでだよっ!?」
その夜、俺が体験した『謎の意識刈り取り現象』をメンバーに話しても話しても…
全員口を揃えて似たような事ばかり言ってきたんだが。
なんなんだ一体?