私立鳳繚蘭学園──。

 それは、あらゆる方面に対して才能が秀でた者を集めている、巨大な学園都市。

 ある者は科学的に優れ、ある者は音楽的芸術表現に秀で、またある者は遺伝子的な有用性故に呼ばれ。

 将来を有望視される少年少女が最高の環境の中で心置きなく、そして、どこまでも楽しく青春を過ごしていける空間。

 彼……葛木晶という名の少年もまた、この学園での生活を満喫し、騒がしくも掛け替えのない日々を過ごしていた。

 その時間で、その場所で見つけることが出来たのは。

 普通で、なにげなくて、あたりまえの……特別なものだった。

 

 しかし。彼の、晶の心の内には、ひとつの疑問があった。

 様々な経験や時を乗り越えてきた晶であっても、答えを見つけられなかった謎。

 その謎とは、とある一人の少女に関することであった。

 ──早河恵。

 常にテンションが高く、純真な笑顔を振りまき続ける下級生の女の子。

 誰からも好かれ、生徒会書記という役をこなす才女ではあるのだが、なぜかちゃらんぽらんな生徒会長を崇拝している娘。

 そう。恋愛的な憧れではなく……崇拝だ。

 しかもその理由は謎。というよりも、傍からはガキ大将を無条件で慕う子供のようにしか見えない。

 更に彼女には嫌いという観念が無く、彼女的人物カテゴリには『ふつう』と『すき』しかないらしい。

 『恋愛』というカテゴリを持たず、誰しもに一定の好感を持ち続ける少女。

 晶はそんな恵……通称ぐみちゃんと共に過ごすうちに、こんなことを友人達に相談してしまったのだった。

 

 ──どうやってもぐみちゃんを攻略でき(オトせ)ないんです……──

出張版フラグミサイラー会議

 フラグミサイラー。それは無意識に、もしくは狙い通りに恋愛フラグを狙い撃ちすることができる人のこと。

 その一撃は、はたしてミサイルのようで。

 そんな技を持つ彼は、自身のミサイルを物ともしない少女をなんとか攻略するため、悪友達と会議を行うのであった。

 そして選んだ方法とは……乙女チックにキュンとなる体験を繰り返してみよう、というものである。

 様々な行動を実行する晶だが、結果はというと……。

 

 

 プールで溺れかけた彼女をお姫様だっこで救い上げてみるが、

 

『ありがとうございますっ。しょーくんさん(晶君さんの意)とってもかっこよかったですよっ!』

 

 ピュアな瞳で感謝されるだけで何も発展せず。

 

 

 ならばと、出会い頭に突然キスしてみようとするが、

 

『……?(ピュアオーラな瞳で見上げてくる精神的攻撃)』

『……っ! ご、ごめんぐみちゃんっ! ……ちゅ』

『あ、ごめんなさいしょーくんさん。おくちがあたっちゃいました』

 

 まったく効果なし。まさに一蹴。

 

 

 もうどうにでもなれと、ぐみちゃんが崇拝している生徒会長を落として(勿論男性)、その嫉妬心を煽ろうとしてみても、

 

『会長? どうして泣いているんですか?』

『ひっく……、ひっく。ぐ、ぐみちゃん……おれ、しょーくんがすきなんです……』

『なんと! そうだったんですかっ! ぐみ応援しますっ!』

『はいダメでしたーっ!』

 

 と、男の尊厳を捨ててまで行動した会長の叫び声が響くばかり。

 

 

 これ以上は無理だ……アイデアすらも浮かばない、と。晶を含めた全員が袋小路に頭を抱えてしまう。

 だが、天は彼らを見捨ててはいなかった。

 男が好きなんですと発言した(させられた)生徒会長──皇奏龍が、涙を流しつつ、とある知り合いへと連絡をとったのだ。

 数日の後。ついに彼らがこの地へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

「今回のミッションは……早河恵、通称ぐみちゃんを落とすことだ!」

 

 鳳繚蘭学園へと訪れた一団を率いた男性、棗恭介が、声高らかに宣言をする。

 対して、声を受けた彼らリトルバスターズの面々は、一致団結し、『あ、またおかしなことを言い始めた』と心の内で呟いた。

 こんなところにまで連れ出してきて、やることはそんな謎行動なのかよ、と。

 そもそも彼らが住まう土地から鳳繚蘭学園までの道のりは、けして短いものではない。半ば旅行のような行程だった。

 いい加減、恭介の行動には尊敬を通り越して呆れで対応するしかないよね。というのは、後日理樹が語った言葉である。

 

「おおーい。こっちだよー」

 

 学園へと繋がる大橋へと差し掛かった頃、恭介達へと近づいてくる影が見えてきた。

 彼は人懐っこい笑顔で遠路の旅路を労った後、恭介の肩を抱いて、よく来てくれたねー、と嬉しそうに話しかけてきた。

 

「奏龍から連絡が来るなんて驚いたぜ」

「そう? そうかもねー。でも棗に会えて嬉しいよー。ひっさしぶりーっ」

「ああ。久々だな、奏龍っ」

 

 恭介と奏龍が出会ったのは、就職活動として徒歩での移動を繰り返していた時のことだった。

 奏龍の母が困っていた場面に出くわした恭介は、マダムキラーな笑顔と共に問題を解決。

 一足遅れで助けに来た奏龍と意気投合し、連絡先の交換をしていたのだ。

 互いに人間的な意味で通じる部分があったのか。それから現在に至るまで、メールでのやりとりを続けていた。

 そして先日の連絡だ。恭介としても知り合いが困っているのならばと、この地へと駆けつけてきたのだった。

 問題は、頼られた内容を仲間内に説明していなかったこと。

 そしてなによりも、その内容自体がどうにもアレであったことなのだが。

 

「お願いしますっ! 皆さんのお力を貸してくださいっ!」

 

 必死な嘆願を伝えてきているのは、奏龍の後ろにいた少年、晶のものであった。

 どうにかして件の少女を攻略したいんだという信念がリトルバスターズにも伝わってくる。

 その感情の端々に見え隠れしているのは『うちの会長じゃ役に立たないんですっ!』という泣き落しでもあった。

 

「……えと、晶さん? 今までに行ってきた行動も含めて、詳しく教えてもらえますか?」

「えっ!? 手伝ってくれるんですかっ!?」

 

 理樹の言葉を受けて、即座に反応する晶。その口ぶりには信じられないといった感情が含まれているが。

 

「いや、なんか正直どうでもいいんだけど、参加しないと帰れそうにないし」

「あははー。直枝くんだっけー? 君も可愛い顔して辛辣なこと言うよねー」

「会長うるさいです」

「うわーんっ! 直枝くーんっ、晶くんが怖いよーっ!」

「とか言って、僕に抱きつかないでくださいっ」

「金髪年上生徒会長と直枝さん……アリです」

「西園くん、相変わらず君のストライクゾーンは耽美系なのだね……」

 

 会話に奏龍が加わると、すごい勢いで場の流れが混沌と化していく。

 少し離れたところでは美魚と来ヶ谷が生温かい目で彼らを見守っていた。

 

 

 

 

 

「俺はそうゆうの良くわかんねえんだけどよ、こんなのでいいんじゃねえか?」

 

 立案者、真人。実行者、晶。

 

「ぐみちゃん!」

「はい? なんでしょうかしょーくんさん?」

 

 真人の意見を取り入れた晶が、自信をまといぐみちゃんへと声をかける。

 

「俺と一緒に筋肉について語り明かさないかっ?」

 

 やはりというかなんというか。

 真人的に行きつく結論は筋肉でしかなかったようだった。

 

「……えとえと、ぐみ、そんな上半身裸なしょーくんさんでも、素敵だと思いますですよっ!」

 

 嫌な感じに半裸な晶を相手にしているというのに、それでもぐみちゃんは笑顔で相対してきた。

 

「頑張って筋肉を極めてくださいねっ! ぐみには良く分からない世界ですがっ」

 

 失敗。

 ぐみちゃんは世にも不思議な存在を見るような目で、晶の姿を確認、判断。そそくさとその場を立ち去った。

 晶、地味に凹む。

 

 

 

 

 

「まったく。お前にはロマンチックが無さ過ぎるんだ。ここは俺に任せておけ」

 

 立案者、謙吾。実行者、晶。

 

「……来てくれたんだね、ぐみちゃん」

 

 今度の入れ知恵主は謙吾だった。

 晶は謙吾の指示通り、ぐみちゃんを校舎の屋上へと呼び出して、可能な限り爽やかな笑顔を作りつつ背後へと振り返る。

 

「しょーくんさん、屋上に何があるんですか?」

「いいんだ、何も言わずに見ていてくれないか? ……あの雲を」

「雲、ですか?」

 

 青空に浮かぶ雲を指差して、夢見る瞳を輝かせる。

 

「ぐみちゃん! 俺の気持は……あの雲の形なんだ!」

「……わたがし、ですか?」

「ああ、あのハートが……、って、わたがしっ!?」

「とてもおいしそうですねっ。ではぐみはこれでっ!」

 

 失敗。

 空に浮かぶ雲は、時間の経過と共に姿を変えることに気がつかなかった謙吾。

 晶、謙吾と同レベルな思考の持ち主であると判明する。

 

 

 

 

 

「真打、登場だぜっ」

 

 立案者、恭介。実行者、晶。

 

「分かってないよなぁホント。こうゆうのは直球勝負が一番だって聞くぜ?」

 

 恭介の言動は、根拠のない自信に満ち溢れている。

 そんな彼が指定した行動とは、そのものずばりな直球勝負。

 

「ぐみちゃんっ! 君のことが好きだっ。女性として好きなんだっ! 結婚してください!」

 

 飾りのない告白をする晶。……しかし、

 

「……そうゆうのはぐみにはまだ早いと思います! ごめんなさいしょーくんさん!」

 

 ストレートに玉砕。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「じゃあ恋人! 俺の彼女になってください! これでどう!?」

「……そうゆうのはぐみにはまだ早いと思います! ごめんなさいしょーくんさん!」

 

 鉄壁だった。どこまでも鉄壁なフラグブレイカーだった。

 

「……すっげぇなぁ。あそこまで鉄壁だとは思わなかったぜ」

「棗さんも結構適当に提案したんでしょっ!? 今の案って過去に実行した気がしますよっ!」

 

 晶もここまで来たら半泣きだ。恭介の両肩を掴んで前後にかっくんかっくん揺らしている。

 どこかおかしいなと思いつつも実行する晶は、それはそれでとてもいい人だった。

 

 

 

 

 

「で、最後は僕の出番ってことなの?」

 

 提案者、リトルバスターズ女性陣一同。実行者、晶。被害者、理樹。

 

「っておかしいよねっ! 色々とおかしいよねっ!? 被害者ってなにさっ!」

「それは勿論、理樹君、君自身の格好についてだが?」

 

 今更何を、といった表情で理樹を窘める来ヶ谷。

 その後ろでは女性陣一同が頷き合っている。

 

「どうして僕が女装なんてしないといけないのさっ」

「それはこういう筋書きです」

 

 美魚が人差し指を立てて説明を開始した。作戦とは以下の通り。

 女装した理樹がぐみちゃんと仲良くなる。

 時間をかけて仲の良い親友となる。

 そして少しずつ晶の良さを刷り込んでいく。

 最後に、ぐみちゃんの目の前で、女装した理樹が晶に告白をする。

 

「これで早河さんの心には、なんとも言い様のない小さな棘が刺さるはずです」

「信じられないほど時間をかけた計画だよねそれっ! なにっ? 僕には女装したままこの学園で暮せっていうのっ!?」

「……遠くの空から応援していますね?」

「そんなささやかな好意はいらないよっ!」

 

 流石に承服しかねるのか、理樹は美魚の説明を良しとせず、必死に反論を返し続ける。

 そんな中、奏龍が晶の傍へと駆け寄り、

 

「晶くーん! ぐす……俺も直枝ちゃんに負けないように女の子の格好してきたよーっ!」

「馬鹿会長!? あんたまだその女装用具一式捨ててなかったのかよっ!」

「俺も……ひっく、女装したまま直枝ちゃんと一緒に……ぐす……晶くんといちゃいちゃするーっ」

 

 涙を堪えながら自暴自棄の如く無理難題を言い放っていた。

 

「あんたも泣くぐらいなら女装なんてしなければいいじゃないですか」

「ひっく、ひっく……だって、だって。蛍がね……さっきやってきた蛍がね……」

 

 真面目一辺倒、鉄の男である副会長の八重野蛍曰く、

 

「『恋愛ごとに疎い童貞は部屋で留守番していろ』……だと? それは良い提案だな奏龍。確かに俺では力添えは出来そうもない。ああ、その通りかもしれんな。奏龍にしては建設的な意見だ。驚きの成長だな。……だがな、奏龍。大事な生徒会の仕事を放り投げてまで遊んでいるお前に言われたくはない、というのも心情だ。俺としてはとっととその馬鹿騒ぎを終わらせて通常業務に戻りたいんだ。……何? 早河の落とし方が分からない? 何を言っているんだお前は? ……そうか。他校の生徒まで巻き込んで迷惑をかけているのか。ならもういい。お前が女装でもなんでもして、色恋にボケた葛木晶の相手でもしてやればいいんじゃないのか? ああ、名案だ。それならお前への辱めにも繋がるし一石二鳥だな。恋愛に疎い童貞ではこの程度の案しか言いだせなくてすまないな。勿論……反論はないな、奏龍?」

 

 と、蛍はシリアスな顔を奏龍に押しつけ、有無を言わさない提案をしていたのだった。

 

「ひっく……ひっく……蛍ってばね、前に手紙でドーテー呼ばわりしたこと、未だに怒ってたの」

 

 それは当然だろう。声にならない同意が一同の心に浮かぶ。

 

「だからね、もう、晶くんは女装した俺で満足してくれないかな?」

「お前、女の子舐めてるだろう? 全然柔らかくもないくせに何をほざいているんだ?」

「最近晶くんの言葉が辛辣過ぎるよっ! うわーんっ」

「さぁ直枝さん。会長さんに倣って葛木さんに抱きついてください」

「西園さんの言っている言葉が僕には理解できないよっ!?」

「はっはっは。恥ずかしがらなくてもいいじゃないか少年」

 

 どん、と。来ヶ谷は理樹の背を押し、晶と奏龍の元へと追いやる。

 

「連れてきたよー」

 

 ナイスなタイミングで、小毬がぐみちゃんの手を引いてきた。

 

「うわー。はじめましてな方々がいっぱいですっ。会長さんは素晴らしい上にお友達さんも多いんですね……会長さん?」

 

 ぐみちゃんの目に映ったのは、女装した奏龍とかわいらしい女の子が晶に抱きついている、という光景だった。

 しかも奏龍は泣いているし、もう片方の女の子はこれでもかというほどに顔を赤らめている。

 挙句、晶はどうしようもなく困っていて。

 

「ぐ、ぐみちゃん……」

「晶さん……」

 

 ここまで堕ちたんだ。この状況を利用しなければ、唯の犬死だ。

 晶の脳裏にバンザイ攻撃ちっくな意識が芽生えた。

 そして叫ぶ。大声で、正直な気持ちを。……だが、

 

「俺……、好きなんだ! ぐみちゃん!」

「晶くんが酷いよー」

「僕は男だよっ!」

 

 晶と奏龍と理樹の声が、奇跡的なタイミングで被り合い、結果、ぐみちゃんの耳に届いた言葉は、

 

『俺』『は男』『が』『好きなんだ! ぐみちゃん!』

 

 天才的な情報処理能力を持つぐみちゃんは、その告白を、自身の理解できる言語へと修正していく。

 

「……! そうだったのですか! ぐみには良く分からないのですが、晶くんさんは男の人を女装させて幸せに暮らすのですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──会長、最近結衣からは慰められて、天音には変態って言われて、桜子には無垢な言葉で質問されて、茉百合さんには罵られて、くるりには見下されて、あきらには同意されたりしてるんですが、どうしたらいいんでしょうか?」

 

 後日、晶は、今までとは別のベクトルの悩みを奏龍へと相談していた。

 その相談室には蛍の姿もあり、彼らの集いを見かけた生徒達は、より一層の疑惑を彼らへと向けるに至るのだが……。

 それはまた別の話だ。

 

 



◇雪桜 未月さんからのリクエスト作品、FlyableHeart×リトバスでしたー。

  FlyableHeart公式HPにあるフラグミサイラー会議を題材にしたお馬鹿話。書いていて面白かったです♪

  キリ番へのご参加、ありがとうございましたっ。

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